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香川県丸亀市に、2026年9月6日、新しい市民会館「THEATRE MAdo【シアターマド】」が開館しました。
開館日には、ベートーベンの交響曲第9番、通称「第九」の演奏会が行われました。
「第九」はオーケストラだけでなく、終盤に一人で歌う4人の独唱者(ソリスト)と、大勢の合唱団が加わります。
僕は、一般公募で集まったその合唱団の一人です。3ヶ月間皆で練習を重ね、男性の高い声を担当するテノールとして、開館日の舞台に立ちました。
この記事では、その舞台の上から僕が見た景色を書いています。
誰もいなかった客席が、開館日にどんな景色に変わったのか。舞台に立った一人だからこそ見えた景色を、感じてもらえたら嬉しいです。
内覧会
オープン2ヶ月前(2026年7月)、開館前のTHEATRE MAdo【シアターマド】を見学できる内覧会に参加した。
館内を見学し、はじめて大ホールに入った時、新品の匂いと黒と赤のツートンカラーに胸が躍った。

舞台から客席まで、空間全体がとても広く感じられた。

それから2か月後。
開館日の9月6日、僕はもう一度ここにやってきた。
今回は見学ではなく、開館記念に演奏するベートーベンの「第九」を歌う209人の合唱団の一人として舞台に立つためだ。

本番当日
本番当日、THEATRE MAdoに到着し、建物の中へ入った。
受付を済ませ、まず向かったのは、この日の集合場所になっていた小ホール。

中に入ると、すでに大勢の合唱団員が集まっていた。
そして、その姿を見て少し焦った。
男性のほとんどが、すでに本番用の黒い礼服姿になっている。
女性たちも、白いブラウスに黒いロングスカート。
その中で、僕は私服だった。
「えっ? もうほとんど着替えとるんやけど?」
前日に「着替えは練習が終わってからで大丈夫」と聞いていたので、僕はそのつもりで来ていた。
少しだけ不安になったものの、そのまま私服で本番前の練習に参加した。
そして練習が終わると、聞いていた通り着替える時間は十分にあった。ほっとした。
楽屋へ向かい、本番の衣装に着替える。
さっきまで私服だった自分が、少しずつ周りと同じ黒い姿になっていく。
白いウィングカラーのシャツに袖を通し、黒い蝶ネクタイをつける。
最後に、新しく用意した礼服の黒いジャケットを羽織った。
「よし。いよいよ本番。」
ただ着替えただけなのに、それだけで気持ちが少し高揚した。
第九が始まる
「第九」は全4楽章で、合唱が加わるのは最後の第4楽章。僕たち合唱団は第3楽章からその舞台に入り、座って出番を待つことになっていた。
第1楽章が始まっても、まだ僕たちの出番ではない。ほとんどの合唱団員は、集合場所だった小ホールで待機していた。
ただ、僕はずっとそこにいたわけではなかった。小ホールから大ホールに続く通路の途中に、ひとつのモニターがあった。
そこには、今まさに大ホールの舞台で演奏しているオーケストラの映像が映っていた。

僕を含めて10人ほどが、そのモニターの前に集まっていた。
そして第1楽章が始まった。
画面越しではあるけれど、今、この建物の中で行われている本番を見ている。なんか不思議な気持ちになった。
そのまま第1楽章を見届け、第2楽章に入ってからも、僕はモニターの前にいた。
すると途中で、突然、大きな声が聞こえてきた。
「えっ!?」
モニターからではない。
すぐ近くの楽屋から聞こえてくる。
女性の高い声を担当するソプラノの発声練習だった。
まだ舞台には出ていないソリストが、楽屋で声を出している。
その声量に驚いた。
壁を隔てているのに、通路にいる僕のところまで、はっきりと大きな声が届いてくる。
モニターの中ではオーケストラが演奏している。
そのすぐそばでは、これから舞台に立つソプラノが声を整えている。
そして僕も、このあとこの画面の中にある舞台に立つ。
少しずつ、本番が自分のところまで近づいてくるような気がした。
第2楽章も終盤に差しかかった。
僕たち合唱団も、そろそろ動き始める。
モニターの前を離れ、整列するために小ホールに戻った。
209人が動き始める
小ホールでは、合唱団のみんなが椅子に座って待っていた。
ここから、本番で舞台に並ぶ9列の順番に整列していく。
名前を呼ばれた人から、順番に小ホールの舞台へ上がっていく。
一人、また一人。
さっきまで椅子に座っていた人たちが、次々と舞台の上に並んでいく。

僕も自分の順番が来て、舞台へ上がった。
やがて、舞台の上に9列の大きな隊列ができあがった。
大人になってから、これほど大勢の人と一緒に隊列を組んだことがあっただろうか。
おそらく、ない。
客席から見ていた小ホールの舞台が、このときは人でいっぱいになっていた。
それだけでも、なんだか楽しかった。
ここで並んだ順番が、そのまま大ホールへ入場するときの順番になる。
隊列は中央から上手側と下手側、二つに分かれた。
それぞれの先頭には、自分たちの列を示す番号札を持った人が立っている。
その番号札を目印に、みんなが自分の位置を確認する。
そして整列が終わると、そのまま小ホールを出て、番号札を持つ人に続いて、大ホールへ向かって歩いていく。
僕も含んでみな緊張の面持ちで。
二つの隊列は、それぞれ上手と下手の舞台袖に入った。
僕が並んだのは、右側の舞台袖。
ここから先は、もう大ホールの舞台だ。
入場する順番のまま並び、第2楽章が終わるのを待つ。
舞台では、まだオーケストラが演奏している。
その音を舞台袖で聞きながら、僕たちは静かに待っていた。
そして、第2楽章の最後の音が鳴った。
演奏が終わる。
いよいよ、僕たちが舞台に入る番だ。
入場
僕は舞台袖右側から舞台に入り、合唱団が座る壇上の自分の席へ向かって歩きながら、客席の方をチラリと見た。
満席。
客席は人で埋まり、舞台にはオーケストラがいる。その後ろを通って自分の席の前に立った。
顔を上げると、スポットライトがまぶしかった。
やがて209人の合唱団全員が揃い、4人の独唱者(ソリスト)が入ってきた。
自然と客席から拍手が起こる。
僕の席はそのソリストたちのすぐ後ろで、特に女性の低い声を担当するメゾソプラノの方とは、1mほどしか離れていない。
想像していた景色より今この瞬間の景色の方が現実離れしている。
そして、指揮者の合図とともに、一斉に着席した。
オーケストラのすぐ後ろで出番を待つ
僕たちは第3楽章から第4楽章の途中まで歌う出番はない。
だからその間、目の前で演奏しているオーケストラをしっかり見ることができる。
一分一秒、逃したくなかった。
こんなに近いところから、それもオーケストラの後ろ側から演奏を見る機会なんて、そう何度もない。
聞こえてきた音の方を見る。すると、今度は別の楽器の音が耳に入ってくる。またそちらへ目を向ける。
そんなふうに、耳で音を追いながら視線を動かしていると、ふとフルート奏者の姿が気になった。
すでにフルートを構えている。
でも、まだ音は出していない。
自分の出番が近づいたところで、フルートを構えたまま、指だけを動かしているのが見えた。
「これから吹くところの指使いを確認しているのかな。」
そう思って見ていると、やがて曲の中でフルートの出番が来た。
ほんの数秒前まで、音もなく動いていた指。その指が今度は同じように動きながら、美しい音を奏でている。
「こんなところまで見えるんだ。」
客席から演奏を聴いているだけでは、きっと気づかなかった光景だった。
そうやって一人ひとりの奏者を見ていると、今度はフルートの隣にいた木管楽器の奏者が気になった。
オーボエかな。でも、クラリネットかもしれない。
僕の位置からは、譜面台などに隠れて楽器の全体まではよく見えない。
ただ、聞こえてくる輪郭のはっきりした音から、
「たぶんオーボエじゃないかな」
と思った。
それにしても、きれいな音だった。
「この方、相当うまいんだろうな」
そう思いながら聴いていると、その人がふっと楽器を口から離した。
その瞬間、それまで見えなかった茶色いリードが見えた。
オーボエとクラリネットはよく似ている。でも、口元の仕組みが違う。クラリネットは黒いマウスピースをくわえて吹くのに対して、オーボエは葦でできた茶色っぽい小さなリードを直接くわえて吹く。
「あっ、よかった。やっぱりオーボエだ」
自分の耳で感じたことが合っていた。
ちょっとした答え合わせができたようで、うれしかった。
そんなふうに木管楽器を見ていると、今度はもっと低い音が耳に入ってきた。
「ブーン」
一瞬、どこかで誰かのスマホがバイブしているのかと思った。
でも、音のする方を見ると、ファゴットだった。
低い音の中にある細かな振動が、僕にはスマホのバイブのように聞こえた。
ファゴットの音を、こんなに近くで聴いたのは初めてだった。
また別の音が聞こえてきて、今度はヴァイオリンに目がいった。
弓ではなく、指で弦を弾いている。美しい「ポン、ポン」という音。
そのとき、弦を弾く奏者たちの手元だけではなく、その上にある弓が目に入った。
10本ほどの弓が、一斉に上を向いている。
【ヨットの帆】みたいに見えた。
奏者たちが同じリズムで弦を弾くたびに、上を向いた弓も同じように動く。
何本もの弓が揃って動くさまは可愛らしさも感じた。
フルートを見て、オーボエを見て、ファゴットの音を聴き、ヴァイオリンを見る。
一つの音を追えば、また別の音が耳に入ってくる。
僕の目と耳は、ずっとオーケストラの中を動いていた。
そして音楽は、第4楽章へ入った。
出番
僕たちが立ち上がるタイミングは、もうすぐだ。
第4楽章の冒頭で聴いたメロディが、もう一度鳴るところ。
やがてオーケストラ全体の音が大きくなっていく。
そして、待っていたメロディが、力強く鳴り響く!
「ザッ!」
椅子の動く音とともに、僕たち合唱団が一斉に立ち上がる。
そして、いよいよ最初の一声を出す。
「フロイデ!!!」
ドイツ語で、「歓喜」。
立ち上がる前は、目の前にいるオーケストラの演奏に聞き惚れていたが、もう見ない。
見るのは指揮者だ。
209人もの大合唱団になると、離れた場所から聞こえてくる声には、わずかな時間差が生まれる。だから周りの声に合わせるのではなく、指揮者の動きを見て、その合図に合わせなければならない。
指揮者から目を離さず、その動きを追う。
練習の時とは違って、不思議と周りの声が気にならない。集中できている。
息を吸って、また声を出す。指揮者の動きを追いながら、それを繰り返す。
そんな単純なことを続けているだけなのに、身体がきつくなってきた。
気づくと、視界全体が少しぼやけてきた。
周りは暗く、その中で指揮者だけが少し明るく見える。
息苦しさのせいなのか。
ずっと一点を見続けていたからなのか。
それは分からない。
ただ、その不思議な視界の中でも、歌い続ける。
クライマックス
満員の客席は、もう僕の目には入っていない。
そして、僕たちが最後に歌う言葉がやってくる。
「ゲッテルフンケン!!!」
ドイツ語で、「神々の輝き」。
合唱団が歌い終わり、演奏が終わるまでにかかる時間は、ほんの15秒ほど。
その短い時間の中で、指揮者の動きもオーケストラの音も、最後へ向かってどんどん熱を帯びていく。
奏者全員が、持っている力を最後の一音へ注ぎ込んでいるよう。
僕はもう歌っていない。
ただ、その演奏を見て、聴いていた。
さっきまでの、周りがぼんやりしたような感覚はまだ残っている。
その中でオーケストラを見ているこの瞬間、どこか夢の中から目の前の出来事を眺めているような、そんな不思議な感覚。
指揮者が振る。
オーケストラが応える。
最後へ向かって、さらに音が大きくなっていく。
その場にいる全員のパッションが、最後の一点へ向かって集まっていく。
そして、その熱量が一番高まった瞬間、
「ザン!!!」
最後の音が鳴った。
わずかな余韻を残して、その音がすっと消えた・・・
劇場全体を揺らすような拍手が起こった。
「ブラボー!!」
その声を聞いて客席を見ると、それまでぼんやりしていた僕の視界が一気に広がり、客席いっぱいに笑顔が見えた。
歓喜
ステージに出てきたときにも、僕はこの客席を見ていた。
そのとき見えたのは、【満員の客席】だった。
そして「第九」が終わった今、もう一度同じ場所から客席を見た。
そこに見えたのは、【満員の客席】ではなく、【笑顔と拍手にあふれ、歓喜に沸く客席】だった。
内覧会で見たとき、そこにはまだ誰もいなかった。
あの日、広く感じた空間が、今、歓喜に沸いている。
それが、舞台の上から僕が見た【THEATRE MAdoの客席】だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
2026年9月6日に開館したTHEATRE MAdo【シアターマド】では、これからコンサートや演劇など、さまざまなイベントが予定されています。
この記事では舞台の上から見た客席を書きましたが、今度はぜひ実際に客席に座って、THEATRE MAdoを楽しんでみてください。
今後の公演やイベントについては、THEATRE MAdo公式サイトで確認できます。
THEATRE MAdoは、JR丸亀駅南口から徒歩約10分。専用駐車場はないため、車で訪れる場合は周辺駐車場を利用してください。
所在地:香川県丸亀市大手町二丁目3番1号
電話:0877-85-8971
開館時間:9:00〜22:00
休館日:火曜日(休日の場合は翌平日)
また、丸亀・宇多津を中心とした中讃エリアのイベントやお店などの情報は、地域情報サイト「マルータ」でも紹介されています。
THEATRE MAdoをきっかけに丸亀のことをもう少し知りたくなった方は、丸亀市のシティプロモーションサイト「まるがめいと」もぜひのぞいてみてください。

