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「自分には絶対にできないって思っていました。
だからやるなんて1mmも思ってなかったです。」
と語るのは、プレイバックシアター劇団365代表であり、4人のお子さんをお持ちのお母さんでもある欠田美奈子さん。
プロとして活動を始めてからもう8年になります。
プレイバックシアターは、ニューヨークで生まれた台本なしの即興劇で、
観客が語った体験を演者がその場で劇にするというもの。

なぜ、欠田さんはプレイバックシアターの劇団を立ち上げるにいたったのでしょうか。
それは彼女が持つ、ある揺るぎない想いからだといいます。
「お母さんが安心して本音を言える場所を作りたい」
それを提供するツールとして、プレイバックシアターを選んだそうです。
なぜ、「お母さんが安心して本音を言える場所」がプレイバックシアターなのでしょうか。
今回は、プレイバックシアター劇団365の活動を続ける欠田さんに、
「活動を始めた経緯」や「現在の活動」、そして「今後の目標」などについて、お話を伺いました。

もくじ
「本音で話せる場所作りをしたい」という気持ちは学生時代からずっと変わらない
「今までやりたかった事や、やってきた事はバラバラなんですけど、やりた いことは 1 つなんです。
誰にも言えない気持や本音を、安心して言える場所とか人でありたい」
欠田さんは、学生時代にいつも気さくに話しかけてくれて、何気ない話を聞いてくれた美術の先生に憧れていました。
そこで生徒と何気ない話ができる美術の先生を目指して、美大受験の準備もしていたそうです。
そんな中、生徒と本音で話すならスクールカウンセラーの方が良いかもしれないと思い、急遽、方向転換。心理系の大学へ。
大学時代は1人で海外旅行へたくさん出掛けました。
宿泊しているゲストハウスでは、夜な夜な海外の若者と人生観や旅の目的について語る日々。
「そういう話をしたいし、する場を作りたい」と、ゲストハウスをしたいと思うように。
その後カナダへ留学。
学業のかたわら、現地の海外留学サポートセンターで手伝いをしていました。日本人学生の留学の目的など、本音を聞くことができるところに魅力を感じたそうです。
大学卒業後は、日本で結婚式場のプランナーとして働き出します。
結婚を控えるカップルの夢や望みを聞いたり、何でも言ってもらえるようなコミュニケーションが好きだったといいます。
「私自身が人に話を聞いてもらうのが好きだし、話すことも好きだから、人にもしてあげたいって思います。
例えば、料理が好きな人は、きっと料理を作るのも、他の人に作ってもらうのも好きだと思うんです。そういった感じです」
とさらっとお話しされる欠田さん。
それにしても彼女の行動力には驚かされます。
そんな欠田さんに、プレイバックシアター劇団365を立ち上げるきっかけとなる出来事が訪れます。
育児で感じた自分自身の強いニーズ
学生時代から「本音を語ることの場所や人でありたい」という思いを軸に、
やりたいことを実現してきた欠田さん。
そんな彼女ですが、結婚出産後は、今まで経験をしたことのない状況に追い詰められたこともあったといいます。
「子供が0歳の時、思っていた以上に大変で、その時代が 1 番きつかったです。転勤族だったから話せる人もいなくて、話せる場が欲しい、でも話せる人もそういう場所もなかった」
そんな中でも、子育て広場へ行けば、ミルクや幼稚園の話をするお母さんはたくさんいました。
しかし欠田さんは、いち個人として「これってどうなんだろう。」と思ったことや、
言葉にするまでもない今感じている微妙な気持ち、
また「自分はこれをしたい」というような、心の奥の方の気持ちを話せる場所はないと感じていました。
地元から離れた場所での子育てや、お子さんの夜泣きもかなり大変だったそうですが、自分の本当の気持ちを言う場所がないということが1番しんどかったとお話しされます。
「いっぱい話をできる、そういう場所が有ったらなんかなんだかんだで耐えれたことっていっぱいあったんじゃないかって思います」
しかし欠田さんは、出産前に心のどこかで「私は産後に色々あったとしても大丈夫」という気持ちがあったといいます。
それはなぜか。
実は欠田さんは、大学で母性愛の仕組みについて卒論を書くほど、お母さんや母子関係についての勉強を熱心にしていたのです。
それほどまでに熱心になったきっかけは、大学2年生の時にホームステイをした、オーストラリアのホストマザーの言葉です。
ホストマザーは、欠田さんに、自分のママ友が夫にDVをされているけれど、子どものために離婚せずに耐えているという話をして、こう言ったそうです。
「そんなんはいかんのや。お母さんが幸せなのが 1 番大事なんや。子供のためにも」
欠田さんは、その言葉に強い共感と衝撃を受けたといいます。
「お母さんが幸せかどうかが1番大事なところだ」と強く思い、母子関係についての本を、読んでも読んでも読み足りないような状況になったそうです。
そんな欠田さんだからこそ、育児にはお母さんの精神的な健康や心のゆとりが大切という認識が強くあります。
そして欠田さんは、まだ育児が大変な中で、プレイバックシアターと出会います。
プレイバックシアターとの衝撃的な出会い
欠田さんは、まだお子さんが小さい時に、たまたまプレイバックシアターを見る機会があったそうです。
「当事者の方の思いが、劇を通してもっと立体的にドンっと伝わってきました!
胸がぐっと熱くなって、目も熱くなる感じがして、その衝撃でぶるぶると震える感じです。
本当に言葉では表現できない感覚でした」
プレイバックシアターは、観客が実際に体験した事を話し、
演者がその場で打ち合わせなく、すぐに劇として演じるものです。
その場で劇として再生するから「プレイバック」と言うのですね。
欠田さんがこれまでで印象に残っている話は、ある人の子ども時代の話だそうです。
寝ていたら、おばあちゃんがうちわで煽いでくれていた。「あ、煽いでくれてるな」と思った後に、またうとうとして寝た。というものです。
「全く同じ経験はないんですけど、すごく印象に残ってるし、胸に来る感じがあって。私の心のひだに触れた感じというか」
このお話を口頭で聞くだけだとしたら、たったの2秒ですが、もし演劇で見せられたらどうでしょうか。
プレイバックシアターの即興劇を見た後は、昔の懐かしい感じや、おばあちゃんが煽いでくれたうちわからの風、おばあちゃんの孫への愛情、夏の暑い感じなど、ただ聞いた話よりも一層何かが伝わってきたり、何かを思い出したり、ふと考えが浮かんできたそうです。
「特別な出来事ではなくて日常の些細な話であっても、そういうストーリーこそ持っている力があると思っています」
プレイバックシアターの魅力は傾聴にある
「プレイバックシアターは劇だけど、「傾聴」だと思っています」

欠田さんが、プレイバックシアターで話し手(テラー)をして1番感動したのことは、その時に話した内容を劇として再現した後のことだそうです。
劇を演じたアクターの方と、音楽を担当したミュージシャンの方が、一斉に欠田さんの方を見る瞬間です。
それは「あなたの大事なお話を預かったのをお返しします。」という気持ちで、行われるものとのこと。
「私のために全身を使って話を聞いてくれて、全身を使って劇をしてくれたんだと思って、なんて贅沢な時間だったんだろうと満たされたような気持ちになりました」
では、プレイバックシアターで劇を見終わった後はどんなことをするんでしょうか。
「プレイバックシアターは、例えば道徳の本みたいに、この話を見てこう感じましょうとか、これが教訓ですよ。などというものではありません。
更に、ドラマのように決まったメッセージ性が込められている訳でもない。
劇を見た後は、それぞれが何を感じてもいいし、感じなくてもいいんです」
欠田さんがすごく面白いと話してくれたのが、ご自身が話し手(テラー)として、親子の話をしてそれをプレイバックシアターの劇で再現してもらった時のことです。
母親という自分の視点で劇を見ている時もあれば、子どもや旦那さんの視点でその劇を見ている瞬間もあったりしたそうです。
「客観的に「それぞれこう思ってたんだな。」って思うことがあります」
そんな中で、欠田さんがずっと大切にしてきたお客さんとの関わり方があります。
「私がこれまでずっと一番大事にしてきたことは、それぞれの感じ方で劇を見終わった後に「もっとポジティブにね。」などとアドバイスをしないことです。
そういうことは私が作りたい場にはそれは必要ないなと思っています。
ただ本音で物を言って、周りが「そうだったんだね。」ってそれぞれ感じるだけでいいと思っています」
劇を見た後は、みんなでその話について議論するようなことはしないといいます。
「みんなそれぞれに感じる力を持っているし、そこからその人のペースで学ぶ力もあると思っているからです。
そこがプレイバックシアターですごくいいなと思うところです。」
このように欠田さんは「誰からもジャッジされずに、安心して話をすることができる環境作り」をとても大事にされています。
プレイバックシアターはセラピーではない
これまでのお話を伺うと、何かのセラピーのように癒されるものなのかと思われる方も多いと思います。
しかしプレイバックシアターは何らかのセラピーとは違うそうです。
「プレイバックシアターを見て、「癒された」という人も多いですが、セラピーのような心理療法そのもの、というわけではないんです」
実際に、話し手(テラー)が語る内容も、ネガティブなものばかりじゃなくて、楽しかった思い出の場合も多いそうです。
話す内容は、本当に何でもよく、その時に話したいなっていうことを話すそうです。
また、そこにはその話がいいとか悪いというジャッチはないといいます。

育児がひと段落した後の新たな挑戦
実はプレイバックシアターを初めて見たのは、育児の真っ只中。
その時は、まさか自分がプレイバックシアターをするだなんで全く思っていなかったとお話されます。
そのきっかけとなったのが、プレイバックシアター日本校校長の宗像さんの言葉でした。
「当事者が当事者のためにするのが1番届くよ。あなたならお母さんがお母さんのためにしてあげるのが1番届くよ」
確かに、当事者同士だと、話手(テラー)は話をしやすく、演者はその話を理解しやすそうですね。
欠田さんもこの言葉に「あっ。そうかもしれない!」と思い、勇気を出してプレイバックシアターを始めたそうです。
欠田さんが呼びかけて集まったメンバーは、ママ友や知り合いで、みんなプレイバックシアターを体験したことがある人たちでした。
「メンバーもこれまで全然演劇したことないお母さんです。
人のためにその話を全身で受け止めて、それを全身で劇にしてってなんか恥ずかしいし、難しいでしょ?
それでも「あなたのためにここにステージに立ってやりきります。」っていう、そういう力って素人とかプロとかに関わらず、同じだけ持ってるとおもったんです。
だから、経験0だけどやってみようって思えました。
劇の力は後からちょっとずつつけるにして、そこの力を信じてね」
そんな経緯から、プレイバックシアター劇団365は「素人だけど、自分が持ってる力の限りを尽くしてやってみよう」という想いからできた団体だといいます。
欠田さんの強い意志と行動力に驚かれた方もいるかと思いますが、実は人前で話すことが苦手という面も。
「私人前で話すとかが苦手なんですよ。
元々一対一が好きなんです。
ワークショップなどをするときは、今でも緊張します」
それでも劇団を立ち上げた欠田さんの信念には頭が下がります。

対象者はどなたでも。とにかく一度ワークショップへ遊びに来てください。
欠田さんたちプレイバックシアター劇団365は、
毎月、第三水曜日18:00〜20:30に、
香川県丸亀市市民交流活動センター「マルタス」で無料のワークショップを開催しています。
「対象者はどなたでもです」
始めはお母さんのために始めたそうですが、活動が夜になるので、それ以外の社会人の方や、ご年配の方など様々な方々が参加しています。
毎月、高松や愛媛県など遠方から来る方もいるそうです。
「自分には言える場所がある。っていう風に、それを感じて生活して欲しいなって思うんですよ。」
欠田さんは、このプレイバックシアターが参加者にとって、
「あ、あれがあるから今度はこの話をしてみよう」
「ちょっとネタができたな」
「なんかあったら言う場所あるし。私 」
「これ劇にしたらどうなるんだろうな。あの人たちはどうやって演じるんだろう」
「どんな話でも聞いてくれるし。あそこなら」
「こんなしょうもない話とも絶対否定されないし」
と、心のゆとりを持って生活して欲しいという思いがあるそう。
そんな風に思ってもらえたら、どんな気持ちも持ちやすいからと、定期的に活動することは大切だと欠田さんは考えています。
実際はその日に用事ができて来れなかったとしても、来て結局違う話をしてしまったとしても、それは全然良いそうです。
とにかく「あれがあるから」と、心の持ち方が少しでも軽くなってくれると嬉しいとお話されます。
「一度体験してみないと分からないジャンルでもあるので、ご興味がある方はぜひ一度遊びに来てみていただけたら。どなたでも大歓迎です」
劇団を設立してはや8年。
どこまでも純粋に「本音で話をできる場所を提供する」欠田さんたちの活動には今後も目が離せません。
