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もくじ
プレイバックシアターとは?
プレイバックシアターは1970年代中盤、アメリカのジョナサン・フォックスによって考案されました。
これは参加者が語った体験を、演者がその場で即興劇として再生する(プレイバックする)ものです。
参加者が語ったものがどんなものであったとしても、その内容は批判されることなく大切に受け入れられ、物語として演じられます。
あなたの中にある誰かに聞いてほしい思いや、ふと思い出した何でもない思い出を、演者が全身を使って表現してくれたらどんな気持ちになるでしょうか。
そこには、実際に体験してみないとわからない衝撃や、喜びがあると言います。
プレイバックシアターの目的は、語られたことに善悪の判断や評価をせず、お互いの話を聴くことにあります。
そんなプレイバックシアターを、なんと丸亀市のマルタスで体験することができます。
今回は、プレイバックシアター劇団365代表であり、4人のお子さんをお持ちのママでもある欠田美奈子さんに、
「体験しないと分からないプレイバックシアターの魅力」や、「劇団立ち上げまでの経緯」、そして、「誰でも無料で参加できる定期ワークショップ」についてのお話を伺いました。

初めてプレイバックシアターを見た時の衝撃と感動は今でも忘れられない
「初めてプレイバックシアターを見た時は、胸がぐっと熱くなりました。
目も熱くなる感じがして、衝撃でブルっと震える感じです。言葉ではなかなか表現できない感覚でした。
話し手(テラー)の言葉だけでは伝わり切らない、その時の空気感や気持ちがドンって伝わってきた感じです」
これまでに人の話を聞く経験とは全く違ったそうです。
「当者の方の思いがもっと立体的にドンって伝わってくる感じがしました!」
プレイバックシアターは実際に経験しないとわからない衝撃や、感動があるといいます。
プレイバックシアターで語られる内容はどんなこと?
「プレイバックシアターを見て、「癒された」という人も多いですが、セラピーのような心理療法そのもの、というわけではないんです」
実際に、話し手(テラー)が語る内容も、ネガティブなものばかりじゃなくて、楽しかった思い出の場合も多いそうです。
「本当に何でも何でもいいんですよね。その時に話したいなっていうことを話す感じです。そこにはその話がいいとか悪いとかというジャッチはありません」
欠田さんが印象に残っている話は、ある人の子ども時代の話だそうです。
寝ていたら、おばあちゃんがうちわで煽いでくれていた。「あ、煽いでくれてるな」と思った後に、またうとうとして寝た。というものです。
「全く同じ経験はないんですけど、すごく印象に残ってるし、胸に来る感じがあって。私の心のひだに触れた感じというか」
このお話を口頭で聞くだけだとしたら、たったの2秒ですが、もし演劇で見せられたらどうでしょうか。
プレイバックシアターの即興劇を見た後は、昔の懐かしい感じや、おばあちゃんが煽いでくれたうちわからの風、おばあちゃんの孫への愛情、夏の暑い感じなど、ただ聞いた話よりも一層何かが伝わってきたり、何かを思い出したり、ふと考えが浮かんできたそうです。
「特別な出来事ではなくて日常の些細な話であっても、そういうストーリーこそ持っている力があると思っています」
プレイバックシアターの受け取り方は自由
「プレイバックシアターは、例えば道徳の本みたいに、この話を見てこう感じましょうとか、これが教訓ですよ。などというものではありません。
更に、ドラマのように決まったメッセージ性が込められている訳でもない。
劇を見た後は、それぞれが何を感じてもいいし、感じなくてもいいんです」
欠田さんがすごく面白いと話してくれたのが、ご自身が話し手(テラー)として、親子の話をしてそれをプレイバックシアターの劇で再現してもらった時のことです。
母親という自分の視点で劇を見ている時もあれば、子どもや旦那さんの視点でその劇を見ている瞬間もあったりしたそうです。
「客観的に「それぞれこう思ってたんだな。」って思うことがあります」
そんな中で、欠田さんがずっと大切にしてきたお客さんとの関わり方があります。
「私がこれまでずっと一番大事にしてきたことは、それぞれの感じ方で劇を見終わった後に「もっとポジティブにね。」などとアドバイスをしないことです。
そういうことは私が作りたい場にはそれは必要ないなと思っています。
ただ本音で物を言って、周りが「そうだったんだね。」ってそれぞれ感じるだけでいいと思っています」
劇を見た後は、みんなでその話について議論するようなことはしないといいます。
「みんなそれぞれに感じる力を持っているし、そこからその人のペースで学ぶ力もあると思っているからです。
そこがプレイバックシアターですごくいいなと思うところです。」
このように欠田さんは「誰からもジャッジされずに、安心して話をすることができる環境作り」をとても大事にされています。
プレイバックシアターの「力」は、全身を使った相手への傾聴にある
「プレイバックシアターは劇だけど、「傾聴」だと思っています」
欠田さんが、プレイバックシアターで話し手(テラー)をして1番感動したのことは、その時に話した内容を劇として再現した後のことだそうです。
劇を演じたアクターの方と、音楽を担当したミュージシャンの方が、一斉に欠田さんの方を見る瞬間です。
それは「あなたの大事なお話を預かったのをお返しします。」という気持ちで、行われるものとのこと。
「私のために全身を使って話を聞いてくれて、全身を使って劇をしてくれたんだと思って、なんて贅沢な時間だったんだろうと満たされたような気持ちになりました」
この時に、プレイバックシアターにはものすごい力があると確信したそうです。
プレイバックシアターで即興劇をする時は、余計なことを聞かず話されたことをそのまま劇にする
「プレイバックシアター で話を聞くときのポイントは、余計なことは聞かないことです」
話し手(テラー)の話を聞いて、それを劇にするために、詳しい話を聞く工程があります。
「劇で表現したいのは、何があったかよりも、話手(テラー)の感情なんです。興味本位で他の情報を聞くと、話がぼやけてしまいます。
プレイバックシアターは「傾聴」なので、話し手(テラー)が話したことを「そうなんだね。」とそのまま劇にすることが大切で、難しいところです」
確かに、自分の話を勝手に変えられたら、とても嫌な気持ちになってしまいそうです。
「話し手(テラー)のお話を受け取って再現するっていうのが目的だから、盛らないし作らないというところは、最新の注意を払ってます」

「本音で話せる場所作りをしたい」という気持ちは学生時代からずっと変わらない
「私がすごくやりたいことって 1 個だけなんだなと思います。
今までやりたかった事や、やってきた事はバラバラなんですけど、でも全部その同機は 1 つで、誰にも言えない気持ちとか本音を、安心して言える場所とか人でありたいなということが一貫してます」
欠田さんは学生時代、いつも気さくに話しかけて世間話をしてくる美術の先生に憧れて、美大を受験する準備を進めていたそうです。
普段感じた何気ないことを言える先生、そんな立場になりたいなという思いがありました。
そんな中、「だったらスクールカウンセラーの方がそれに近いんじゃないか。」と思い、急遽、方向転換。心理系の大学へ進みました。
大学時代は1人で海外旅行へたくさん出掛けたそうで、ゲストハウスに宿泊することが多くありました。
夜になると、他の宿泊客と集まって「どこを旅してきた?」、「人生感ってどうなの?」、「なんで旅してるの?」などと深い話をみんなでするのが好きでした。
そこから、「そういう話をしたいし、する場を作りたい」という気持ちになり、ゲストハウスをしたいと思うようになりました。
その後はカナダへ留学。学業のかたわら、現地の海外留学サポートセンターで留学サポートの手伝いをしました。
現地の学校を斡旋することが仕事でしたが、それよりも学生とのコミュニケーションに惹かれて働いていたそうです。
学生の留学の目的や、ビジョンなどを聞き取り、そこに本気で答える。
その人の本音を聞けて本音で話をできるところが好きでした。
大学卒業後は、日本で結婚式場のプランナーとして働き出しました。
「ここでもブライダル業界に興味があったわけじゃないんですよ。
社長がすごくいい人だなと思ったのと、プランナーとして話を聞きながら、結婚を控える2人にどういう夢や望みがあるのかという話を聞くことが好きでした。
相手から、「この人だから言える」と思ってもらえるようなコミュニケーションにも魅力を感じて、就職はそこに決めました」
結婚出産後は、今までに経験をしたことのない状況に追い詰められたこともあったといいます。
「子供が0歳の時、思っていた以上に大変で、その時代が 1 番きつかったです。転勤族だったから話せる人もいなくて、話せる場が欲しい、でも話せる人もそういう場所もなかったっていう感じです。」
もちろん、子育て広場へ行けば、ミルクや幼稚園の話をするお母さんはいっぱいいました。
しかし、1個人として「これってどうなんだろう。」と思ったことや、
言葉にするまでもない今感じている微妙な気持ち、
また「自分はこれをしたい」というような、心の奥の方の気持ちを話せる場所はないと感じていました。
欠田さんにとて1番しんどかったのは、旦那さんの帰りが遅くて育児や家事の協力が得にくかったことでなく、夜泣きがすごくしんどかったけどそれでもなく、「自分の気持ちを言う場所がない」ということでした。
実は欠田さんは、大学で母性愛の仕組みについて卒論を書いています。
そのきっかけは、大学2年生でオーストラリアにホームステイをしていた時の、ホストマザーの言葉です。
ホストマザーは、欠田さんに、自分のママ友が夫にDVをされているけれど、子どものために離婚せずに耐えているという話をしてこう言ったそうです。
「そんなんはいかんのや。お母さんが幸せなのが 1 番大事なんや。子供のためにも。」
その言葉に強い共感と衝撃を受けたといいます。
それと同時に「お母さんが幸せかどうかが1番大事なところ」だと感じ、お母さんとや母子関係について学び始めました。
母子関係についての本を、読んでも読んでも読み足りないような状況になったそうです。
そんな欠田さんだからこそ、育児には「お母さんの精神的な健康や心のゆとりが大切だ」という認識が強くあります。
「心のどこかで、「私は大丈夫」という気持ちがあったと思います。
でも色々な状況が重なって、自分のメンタルも良くない状況になってしまいました。
いっぱい話をできる、そういう場所が有ったらなんかなんだかんだで耐えれたことっていっぱいあったんじゃないかなぁと思います」
育児がひと段落した後の「新たな挑戦」
実はプレイバックシアターを初めて見たのは、育児の真っ只中。
その時はそれを自分がやるようになるだなんで全く思っていなかったとお話されます。
「絶対できるわけがないと思ってました。
マジック見たいだなって思ったんですよ。
最初見た時も。2回目見た時も。3回目見た時も!
なんでそんな即興でできるんだろう??って。
自分には絶対できないなって思ってたから 、やりたいっていうのは1mmも持ってなかったです 」
そこからプレイバックシアターをするようになるきっかけとなったのが、「当事者が当事者のためにするのが1番届くよ。あなたならお母さんがお母さんのためにしてあげるのが1番届くよ」という、 プレイバックシアター日本校校長の宗像さんからの一言でした。
「その言葉を聞いた瞬間に、「あっ。そうかもしれない!」と思ってちょっと勇気を出して始めました」
欠田さんが呼びかけて集まったメンバーは、ママ友や知り合いで、みんなプレイバックシアターを見たことがある人たちでした。
そこから細々と練習を始めたそうです。
「メンバーも本当にこれまで全然演劇したことないお母さんです。
人のためにその話を全身で受け止めて、それを全身で劇にしてってなんか恥ずかしいし、難しいでしょ?
それでも「あなたのためにここにステージに立ってやりきります。」っていう、そういう力って素人とかプロとかに関わらず、同じだけ持ってるとおもったんです。
だから、経験0だけどやってみようって思えました。
劇の力は後からちょっとずつつけるにして、そこの力を信じてね」
そんな経緯から、プレイバックシアター劇団365は「素人だけど、自分が持ってる力の限りを尽くしてやってみよう」という想いからできた団体だといいます。
欠田さんの強い意志と行動力に驚かれた方もいるかと思いますが、実は人前で話すことが苦手という面も。
「私人前で話すとかが苦手なんですよ。
元々一対一が好きなんです。
ワークショップなどをするときは、今でも緊張します」
それでも劇団を立ち上げた欠田さんの信念には頭が下がります。

対象者はどなたでも。とにかく一度ワークショップへ遊びに来てください。
欠田さんたちプレイバックシアター劇団365は、
毎月、第三水曜日18:00〜20:30に、
香川県丸亀市の公共施設「マルタス」で無料のワークショップを開催しています。
「対象者はどなたでもです」
始めはお母さんのために始めたそうですが、活動が夜になるので、それ以外の社会人の方や、ご年配の方など様々な方々が参加しています。
毎月、高松や愛媛県など遠方から来る方もいるそうです。
「自分には言える場所がある。っていう風に、それを感じて生活して欲しいなって思うんですよ。」
欠田さんは、このプレイバックシアターが参加者にとって、
「あ、あれがあるから今度はこの話をしてみよう」
「ちょっとネタができたな」
「なんかあったら言う場所あるし。私 」
「これ劇にしたらどうなるんだろうな。あの人たちはどうやって演じるんだろう」
「どんな話でも聞いてくれるし。あそこなら」
「こんなしょうもない話とも絶対否定されないし」
と、心のゆとりを持って生活して欲しいという思いがあるそう。
どんな気持ちも持ちやすいからと、定期的に活動することは大切だと考えています。
実際はその日に用事ができて来れなかったとしても、来て結局違う話をしてしまったとしても、それは全然良いそうです。
とにかく「あれがあるから」と、心の持ち方が少しでも軽くなってくれると嬉しいとお話されます。
「一度体験してみないと分からないジャンルでもあるので、ご興味がある方はぜひ一度遊びに来てみていただけたら。どなたでも大歓迎です」
劇団を設立し、プロとして活動を始めてはや8年。
どこまでも純粋に「本音で話をできる場所を提供する」欠田さんたちの活動には今後も目が離せません。
