「1部がすべて」 ― 楠田由香里さんが支える『月刊マルータ』

執筆者:はな@旅

丸亀の暮らしを彩る「月刊マルータ」

月刊マルータ9月号

丸亀市で親しまれる生活情報誌「月刊マルータ」。飲食店やイベント、クーポン、コラムなど暮らしを彩る情報が詰まっている。地域の人々にとっては暮らしの一部であり、生活に必要な情報やイベント情報などをここから得ている人も少なくない。実際に私自身も、毎月マルータが投函されるのを楽しみにしている一人である。

この雑誌を刊行するのは、取材や執筆、企画を担う楠田寛さん。そして、その寛さんを支え、陰で確実に読者のもとへ届けているのが、配布管理や経理を担当する楠田由香里さんだ。

介護職からマルータへ ― 裏方を支える決意

夫の楠田寛さんは、刊行責任者としてマルータを立ち上げ、取材や企画、営業を担っていた。一方で、由香里さんは当時まだ高松で介護の仕事をしていた。

「家に帰ってこないこともしょっちゅうでした」と当時を笑いながら振り返る。そんな中で寛さんから「配布を手伝ってほしい」と声をかけられた。断るという選択肢はなく、由香里さんは立ち上げから3〜4年遅れてマルータに携わるようになった。

当初、配布は外部業者に委託していたこともあったが、その業者が撤退となることをきっかけに、最終的には「自社で管理すべきだ」という判断に至り、由香里さんが配布管理を担うことになったのである。配布員への指示やスケジュール調整、チラシの仕分けに加え、経理や総務といった事務作業も任され、雑誌を支える「裏方の要」となっていった。

クレームから生まれた“生きた地図”

「マルータは丸亀市全域と宇多津町、約5万7千世帯のほとんどすべてに、私たちの手で届けている。」

総勢40人の配達員が担うが、当初は不配やクレームが相次ぎ、由香里さん自身が泣きながら再配達に走る日も多かった。安定した体制を築くまでに、実に3年もの時間を要したという。

その話を聞き、私は「同じ作業を3年間も地道に続けられること」に思わず驚かされた。

マルータは全戸配布こそが価値であるため、1部たりとも届け漏れは許されない。クレーム対応はすべて由香里さんの役目だった。毎月何十件もの再配達に出向く中で、彼女は「どうすれば精度を高められるか」を模索していた。

配布体制の基礎は、別の配布チームによって立ち上げられたものだった。地図を細かくエリア分けし、色分けして管理する仕組みを引き継ぎながら、由香里さんは日々の配布状況やクレーム情報をそこに書き足していった。その更新を地道に続けた結果、地図は「生きた地図」と呼べるものへと成長していった。

毎月配達員が家の前まで行って形作る「生きた地図」は、マルータチームの大きな強みであり、今では他のサービス展開へも活用が模索されている。実際に現在はこの地図と配達員ネットワークを活かし、メール便の事業も新たにスタートしたという。

夫・寛さんのアイデアを形にするために、由香里さんに落ち着く暇はない。だが、その積み重ねこそが地域に雑誌を届け続ける力になっている。

1部がすべて、という覚悟

「数万件を扱っても、受け取る人にとっては1部がすべて。」由香里さんが大切にしてきたのは、この意識だ。1件1件を丁寧に届けることこそが、雑誌への信頼につながると考えている。

マルータは全エリアに配布することを条件に広告費を頂いている。だからこそ、万一漏れがあれば「たまたまその地域に広告主が住んでいた」という事態も起こり得る。実に重い責任だ。

配達員が足りないときには、由香里さん自身が現場に出て配ることもある。炎天下の日も、冷たい雨の日も。それでもポストに入る1部を待つ人がいる。その期待に応えたいからだ。

数万部のうちのたった1部であっても、そこには生活者の期待と雑誌への信頼が込められている。楠田さんにとっては、まさに「届けることが全て」なのである。

ポストひとつが、配達の命綱

由香里さんが強く訴えるのは、「ポストを見直してほしい」ということだ。
数万部を扱う配達の現場では、ポストの状態ひとつで作業のしやすさやトラブルの有無が大きく変わってくる。ポストに不具合があると大変苦労するのだそう。

「表札が出ていない家は本当に困ります。住んでいる人にとっては当たり前でも、配達員には分からないんです」と由香里さん。さらに、口が壊れていて投函したチラシが飛び出したり濡れたりするポストも少なくない。

皮肉なことに、そうした“配りにくいポスト”の家から「濡れていた」「きちんと届いていなかった」とクレームを言われることもあるという。

だからこそ由香里さんは、地域の人に「自宅のポストを一度見直してほしい」と呼びかける。表札を出す、壊れたポストを直す、投函口を分かりやすくする――その小さな配慮が、配達員の負担を減らし、結果的に受け取る側にとっても気持ちよい受け取りにつながる。

「お互いに気持ちよくやり取りできれば、もっと良い配布になるはずです」と楠田さんは力を込めた。

私も帰省の際には祖母の家のポストを見てみようと思う。

最後に

楠田由香里さんの姿から伝わってきたのは、華やかな誌面の裏で「確実に届ける」という責任を背負い続ける強さだ。数万件を扱っても、受け取る人にとっては1部がすべて。その信念のもと、今の体制を築き上げてきた。

そして彼女は、共に走る配達員の存在を決して軽んじない。マルータに挟み込まれる広告チラシは、配達員の給与にもつながっている。由香里さんは「少しでも単価を上げたい」という思いから工夫を続けている。雑誌を届けるのは自分一人ではなく、仲間とともに築いてきた現場の力なのだ。

私自身もマルータを毎月楽しみにしている一人だ。ポストを開けたとき、そこに一部のマルータが入っていることのありがたみを、今回のインタビューで改めて知った。

「配達員さんに会ったら、ぜひ『ありがとう』と声をかけてみてください。その一言が、何よりの励みになるんです、と由香里さんは微笑んでいた。」

届けることが全て。」その言葉に込められたプロフェッショナルな矜持とともに、マルータはこれからも地域の人々に届き、愛され続けていくだろう。

楠田由香里さん

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